連載-1 消費者にとっての公取委の審判制度はなぜ大事か?(上)
 独占禁止法を運用する公正取引委員会の審判制度は勧告や排除命令などを公平な目で検討しなおす制度として、政治的な独立性を保ちながらカルテルや談合を取り締まる大きな権限を果たしてきました。しかしながら、経済界や政権党からは、審判制度廃止意見が出ています。消費者団体は公正取引委員会の独立性・専門性といった基本的あり方に重大な影響を及ぼしかねないのではと懸念を抱いています。今回この問題について詳しい舟田先生より寄稿いただきました。
立教大学法学部教授 舟田 正之

一 政治勢力からの独立性

 独占禁止法を運用する公正取引委員会(=公取委)にとって、その職権行使を政治的党派性から独立させることは絶対不可欠の要請です。
 特定の政治勢力が、公取委に干渉して、ある違反事件を取り上げないようにするなどのことがあってはなりません。独占禁止法の運用は、その時々の政治的影響から独立して行われる必要がありますし、継続的一貫性を保持する必要があるということも重要です。
 公取委については、その独立性・専門性を確保し尊重するために、その委員長と委員4名は、法律・経済に関する学識経験者から選ばれなければなりませんし、その任期中は、仮に時の内閣の政治的方針に反する運用を行っても罷免されることはないという身分保障などが定められています(独占禁止法27〜44条)。
 特に、「公正取引委員会の委員長及び委員は、独立してその職権を行う」(独占禁止法28条)という規定は、公取委の独立性を明確に示しています。

 消費者委員会の委員も、公取委の場合と同様に、職権行使の独立性が規定されています(消費者庁及び消費者委員会設置法7条)。しかし、本来は、独占禁止法の場合のように、独立性を担保するための身分保障などの諸規定、その他、独立性を支える様々な制度的仕組みが整備されるべきですし、消費者委員会の権限も違反行為の禁止などの行政処分を行うなど、もっと強化されるべきでしょう。
 その時々の政治的影響から独立して行政を行う「独立行政委員会」制度は、上記の独占禁止法や消費者法を所管する委員会の他に、諸外国の例を見ても、例えばインサイダー取引を規制する証券監視委員会や、放送の自由を守る委員会(日本にはまだありません)などが必要です。
 日本では、公取委だけがほぼ完全な形で独立行政委員会の組織原理を明確に示していますから、今後はこれに倣って、消費者委員会をはじめ、その他の分野でも、独立行政委員会が設置されることが望ましいと考えられます。

 以上の独立行政委員会とは異なり、経産省、農水省など、普通の行政庁の場合は、ほとんどの場合、政治家(国会議員)が大臣となり、特に民主党政権の下では、民主党の議員が大臣のみならず副大臣・政務官などになって、各省の行政についてリーダーシップを発揮するという方針がとられています。
 これは、政権党の方針が、そのまま各省の行政に反映されるということです。実際に、その通りに行われるかは、今後注視しなければなりませんが、特に目立つ行政施策については、党の方針、意向が色濃く反映されるでしょう。
 これらの方向は、従来の自民党政治における官僚主導から政治主導という標語の下、民主制度のあるべき姿として主張されることもあります。
 しかし他方で、これは危険な偏向を生む可能性も孕んでいます。例えば、ある特定の利益を代弁する、(しかも多くの場合は、表面下での隠された)政治的な思惑が、各省の行政に浸透し左右するということもあり得るのです。

 例えば2008年9月、農林水産省は、米販売事業者「三笠フーズ」が事故米穀を食用に転売していたと発表しました。この背景には、GATT協議の下で、日本政府が大量の外国産米穀の輸入が義務付けられ、その国内での消化が困難であったという事情があったと推測されています。三笠フーズ以外に事故米穀の取り扱い事業者の3社による横流しが判明したと公表されましたが、その詳細は不明のままのようです。
 また、すでに5年間に96回の農水省による調査が行われていたのですが、そこでは何の問題もないとされていました。これらの調査が、まったく形式的にしか行われていなかったことは明らかです。
 農水省は、事故米を何とか処理しなければならないという行政上の都合ないし思惑があって、このようなずさんな調査となり、ひいては事故米穀を食用に転売という不祥事が起こってしまったのではないでしょうか。
 また、2006年、ガス瞬間湯沸器の設計上の不備によって、使用者が一酸化炭素中毒で亡くなっていた事故が公にされたときに、経産省はそれ以前から長期間にわたって消費者被害を起こしていた瞬間湯沸器をなぜ早期に公表し、発売禁止や当該機器の回収命令を出さなかったのかと批判されています。経産省は、消費者の安全よりも、メーカーの利益をまず考慮したからではないでしょうか。

 ちょっと前までの自民党政権下では、いわゆる族議員が特定の業界の利益を代弁し、消費者の利益に反するような活動をしていました。彼らは、各省庁に対しても、一定の政治力を行使することができました。
 例えば、自民党のある議員は、マルチ商法を行っている企業から献金を受けて、国会でもマルチ商法を擁護するような質問を繰り返していました。こういう背景もあったのでしょうか、経産省が所管していた特定商取引法によるマルチ商法の規制は、明らかに過小規制であり、だからこそ被害が表面化するたびに、個別の規制強化で対応がなされてきたのです。

 このような政治的勢力の意向が陰に日向に影響するという行政スタイルは、消費者行政・政策や競争政策の執行などについては、ほとんどの場合、マイナスに働くことになります。
 消費者行政・独禁法行政などは、直ちには選挙における票の獲得にはつながらないため、政治家たちは、消費者の利益や競争の促進などよりは、各業界における企業の利益の方に目が向きがちになります。
 独占禁止法について言えば、同法は「競争の保護」を目的としているのであって、「競争者の保護」ではありません。例えば、民主党の多くの議員が国会などにおいて、繰り返し、不当廉売の規制強化を主張しています。
 不当廉売の規制は、独占禁止法においては、「公正な競争」の維持のために重要なのですが、現実には、大企業・有力企業の低価格に対して、中小企業の高い価格を守らせようという方向に主張がなされます。中小企業という「競争者の保護」のために独占禁止法を利用しようということなのです。
 その結果は、独占禁止法違反となる不当廉売に当たるとは明確に認定できない場合でも、警告や注意によって低価格を付ける企業を抑えようとし、それによって価格競争は次第に萎縮し、消費者の利益に反することになることは明白です。


(つづく)